大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

札幌地方裁判所 昭和57年(行ウ)5号 判決 1987年5月08日

北海道滝川市緑町四丁目二番四一号

原告

中嶋豊子

右訴訟代理人弁護士

中嶋郁夫

北海道滝川市大町一丁目八番一四号

被告

滝川税務署長

佐々木勝実

右指定代理人

榎本恒男

坂井満

伊東宣博

斎藤昭三

西谷英二

主文

1  本件訴えのうち被告が昭和五四年一二月一九日付けでした原告の昭和五二年分所得税の更正中の総所得額一五八六万九〇〇〇円を超える部分及び昭和五三年分所得税の更正中の総所得額一八八六万二一九一円を超える部分の各取消しを求める部分をいずれも却下する。

2  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告が昭和五四年一二月一九日付けでした原告の昭和五二年分所得税の更正及び昭和五三年分所得税の更正を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決を求める。

二  被告

主文と同旨の判決を求める。

第二当事者の主張

(原告の請求の原因)

一  課税経緯等

1 原告(所得税法一四三条の規定による青色申告の承認を受けていない居住者)の昭和五二年分及び昭和五三年分の各所得税についての申告、更正、異議申立、異議申立に対する決定、審査請求、審査請求に対する裁決等の課税経緯は、別表1「課税等状況一覧表」記載のとおりである。

すなわち、原告の昭和五二年分の課税所得は原告のした再修正申告どおりの五三七万三五五二円であり、また、原告の昭和五三年分の課税所得は原告の確定申告どおりの五五二万二一九九円であるところ、被告は、原告がした後記の各資産の譲渡が租税特別措置法(昭和五三年法律第一一号による改正前のもの。以下、同じ。)三七条一項の規定による特定の事業用資産の買換えの場合の譲渡所得の課税の特例(以下「事業用資産の買換えの特例」という。)が適用される場合には当たらないとして、これら資産の譲渡による譲渡所得を分離長期譲渡所得として加算し、昭和五四年一二月一九日付けで昭和五二年分の課税所得を二一二四万二五五二円、昭和五三年分の課税所得を二四三八万四三九〇円とする更正をしたものである。

2 しかしながら、原告のした右各資産の譲渡は、次のとおり、事業用資産の買換えの特例の適用があるものであつて、被告がした前記各更正はこれを否認する限度において(すなわち、その他の課税所得及び税額の計算が右各更正のとおりであること及び右各資産の譲渡に事業用資産の買換えの特例の適用がないとした場合の昭和五二年分及び昭和五三年分の課税所得及び税額が右各更正を下回らないことは争わない。)違法である。

二  昭和五二年分の事業用資産の買換え

1 原告は、昭和四二年九月二〇日訴外高崎スミ子から別紙物件目録一の1、2記載の各土地(以下「本件明神町の土地」という。)を代金三〇〇万円で買い受け、昭和四八年一〇月一九日これを後記本件幸町の土地とともに訴外木川圭介に対して採石置場として賃料年額合計一二〇万円で賃貸して、事業の用に供していたものであるが、昭和五二年四月一六日これを訴外沢田孚に対して代金二〇〇〇万円で売り渡し、別表2「買換資産の明細」記載のとおり、この譲渡代金で三戸のマンシヨンを買い受け、これを訴外佐藤貴司らに賃貸して、事業の用に供している。

2 原告は、本件明神町の土地の譲渡には事業用資産の買換えの特例の適用があるものとして、昭和五二年分の所得税についてした前記確定申告、修正申告及び再修正申告の各申告書にはこれによる譲渡所得を計上しなかつた。

そして、原告は、右確定申告書には事業用資産の買換えの特例の適用を受けようとする旨の記載及び右資産の譲渡価額・買換資産の取得価額又はその見積額に関する明細書その他大蔵省令で定める書類の添附(租税特別措置法三七条六項)はしなかつたものの、昭和五三年三月一五日に被告に対して同法三七条四項の規定に基づき買換資産の取得価額の見積額及び取得予定年月日を記載した買換え承認申請書を提出したところ、被告は同年五月一〇日付けでこれを承認し、さらに、その後、被告に対して、買換資産を前記のとおり取得したとして買換資産の登記簿謄本、売買契約書等の書類を提出したのであつて、被告に対して事業用資産の買換えの特例の適用を受けようとする意思を明示していたものであるから、同法三七条一項の規定の適用を受けるための手続的要件に欠けるところはないものというべきである。

3 また、被告の職員は、原告を脅迫して昭和五四年一一月二四日提出にかかる再修正申告書に署名させ、原告に無断でその印を押捺したものであつて、右申告書の記載又は必要書類の添附に瑕疵があつたとしても、原告の責めに帰すべきものではない。

さらに、原告は、昭和五三年以前から長年にわたり滝川市農民協議会の税務相談担当者の指導の下に納税申告手続を行つていたものであるが、昭和五三年三月一四日、昭和五二年分所得税の確定申告につき右滝川市農民協議会の職員に相談したところ、本件明神町の土地の譲渡には事業用資産の買換えの特例の適用があるとの説明を受け、確定申告書及び添付書類の書き方等について指導を受けたが、その際、確定申告書に事業用資産の買換えの特例の適用を受けようとする旨の記載をすべき旨の指導は受けなかつたので、税務知識に疎い原告として、右滝川市農民協議会の税務相談担当者の指導に従つたまでのことである。

したがつて、原告には租税特別措置法三七条七項所定の「やむを得ない事情」があつたものである。

4 そして、原告は、昭和五五年二月八日にした異議申立に際しても、本件明神町の土地の譲渡につき事業用資産の買換えの特例の適用を受けようとする意思を表明しており、被告は、これに対して、右特例の適用の有無を判断して異議申立を棄却し、手続的な瑕疵を問題にしなかつたのであるから、被告が本訴において右特例の適用を受けるための手続的な瑕疵を主張するのは禁反言の法理に反し許されない。

三  昭和五三年分の事業用資産の買換え

1 原告は、昭和二八年五月二八日別紙物件目録二の1記載の土地(以下「本件緑町の土地」という。)を買い受け、これを原告の農業の用に供していたものであるが、昭和五二年三月二二日これを訴外木津川久に対して代金三二五万円で売り渡す旨の契約を締結し、昭和五三年四月二四日北海道知事から農地法五条所定の許可を得、また、昭和三〇年五月一七日訴外岩澤惣一ほか二名から別紙物件目録二の2ないし8記載の各土地(以下「本件幸町の土地」という。)を買い受け(本件緑町の土地及び本件幸町の土地の買受代金合計一〇五万一九四五円)、昭和四八年一〇月一九日これを本件明神町の土地とともに訴外木川圭介に対して採石置き場として賃料年額合計一二〇万円で賃貸して、事業の用に供していたものであるが、昭和五三年三月から同年七月までの間に訴外廣秀夫ほか六名に対して代金合計一七七八万八九〇〇円で売り渡し、別表3「買換資産の明細」記載のとおり、これら譲渡代金で四戸のマンシヨンを買い受け、これを訴外岡田利男らに賃貸して、事業の用に供している。

2 原告は、本件緑町の土地及び本件幸町の土地の譲渡には事業用資産の買換えの特例の適用があるものとして、昭和五三年分の所得税についてした前記確定申告の申告書にはこれによる譲渡所得を計上しなかつた。

そして、原告は、右確定申告書には事業用資産の買換えの特例の適用を受けようとする旨の記載及び右資産の譲渡価額・買換資産の取得価額又はその見積額に関する明細書その他大蔵省令で定める書類の添附(租税特別措置法三七条六項)はしなかつたものの、昭和五四年三月一五日に被告に対して同法三七条四項の規定に基づき買換資産の取得価額の見積額及び取得予定年月日を記載した買換え承認申請書を提出し、被告に対して事業用資産の買換えの特例の適用を受けようとする意思を明示していたものであるから、同法三七条一項の規定の適用を受けるための手続的要件に欠けるところはない。

3 また、被告の職員が原告を脅迫して確定申告書に署名させ、原告に無断でその印を押捺したものであること、原告が滝川市農民協議会の税務相談担当者から本件緑町の土地及び本件幸町の土地の譲渡には事業用資産の買換えの特例の適用があるとの説明を受け、その指導に従つて確定申告書に事業用資産の買換えの特例の適用を受けようとする旨の記載をしなかつたものであることは、いずれも昭和五二年分の申告についてと同様であり、原告には租税特別措置法三七条七項所定の「やむを得ない事情」があつたものである。

4 さらに、原告は、昭和五五年二月一二日にした異議申立に際しても、本件緑町の土地及び本件幸町の土地の譲渡につき事業用資産の買換えの特例の適用を受けようとする意思を表明しており、被告は、これに対して、右特例の適用の有無を判断して異議申立を棄却し、手続的な瑕疵を問題にしなかつたのであるから、被告が本訴において右特例の適用を受けるための手続的な瑕疵を主張するのは禁反言の法理に反し許されない。

四  結論

よつて、原告は、被告が昭和五四年一二月一九日付けでした原告の昭和五二年分所得税の更正及び昭和五三年分所得税の更正の各更正の取消を求める。

(請求原因事実に対する被告の認否及び主張)

一  請求原因一の1の事実は、認める。

二  同二の1の事実中、原告が本件明神町の土地をその主張のとおり昭和四二年九月二〇日に買い受け、その主張のとおりこれを訴外沢田孚に売り渡したことは認め、原告が右土地を訴外木下圭介に賃貸していたことは否認し、その余の事実はいずれも知らない。

同二の2の事実中、原告が被告に対して事業用資産の買換えの特例を受けようとする意思を明示していたことを否認し、その余の事実は認める。

同二の3の前段の事実は、否認する。同二の3の中段の事実は、知らない、同二の3の後段の主張は、争う。

同二の4の事実中、原告が異議申立に際して本件明神町の土地の譲渡につき事業用資産の買換えの特例の適用がある旨の主張をしたこと及び被告が原告主張のような決定をしたことは認めるが、その余の主張は争う。

三  同三の1の事実中、原告が本件緑町の土地及び本件幸町の土地をその主張のとおり昭和二八年五月二八日及び昭和三〇年五月一七日に買い受け、その主張のとおりこれを訴外木津川久及び訴外廣秀夫ほか六名に売り渡したことは認め、原告が本件幸町の土地を訴外木川圭介に賃貸して事業の用に供していたこと及び本件緑町の土地を農業の用に供していたことを否認し、その余の事実はいずれも知らない。

同三の2の事実中、原告が被告に対して事業用資産の買換えの特例を受けようとする意思を明示していたことを否認し、その余の事実は認める。

同三の3の事実中、被告の税務署職員が原告を脅迫して確定申告書に署名させ、原告に無断でその印を押捺したものであることを否認し、原告に所論のようなやむを得ない事情があつたとの主張を争い、その余の事実は知らない。

同三の4の事実中、原告が異議申立に際して本件明神町の土地の譲渡につき事業用資産の買換えの特例の適用がある旨の主張をしたこと及び被告が原告主張のような決定をしたことは認めるが、その余の主張は争う。

四  なお、原告は、被告が昭和五四年一二月一九日付けでした原告の昭和五二年分所得税の更正及び昭和五三年分所得税の更正の各取消しを求めているが、原告が昭和五四年一一月二四日付けでした昭和五二年分所得税の再度の修正申告の申告所得金額は五三七万三五五二円であり、同日付けでした昭和五三年分の確定申告の申告所得金額は五五二万二一九九円であつて、原告は、自ら右の限度で課税所得のあることを認めているものであるから、原告の本件訴えは、右の限度におい右各更正の取消しを求める訴えの利益を欠き、不適法である。

第三証拠関係

証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因一の1の事実(課税経緯等)は、当事者間に争いがない。

そして、原告は、被告が昭和五四年一二月一九日付けでした原告の昭和五二年分の所得税の更正及び昭和五三年分の所得税の更正の全部の取消しを訴求するものであるが、所得税の納税申告をした納税者が申告にかかる課税標準、税額等が過大であるとしてその是正を図るための方法としては、所定の事由がある場合に一定の期間に限つて更正の請求(国税通則法二三条、所得税法一五二条、一五三条等)をすることができるにとどまり、課税標準、税額等は納税申告によつて確定する(国税通則法一六条)のであるから、納税申告後に増額更正の処分がされた場合においても、納税者は処分の取消しの訴えによつて更正のうちの納税申告にかかる課税標準、税額等の額を超えない部分の取消しを訴求することはできないものと解するのが相当であつて、原告の本件訴えのうち納税申告にかかる課税標準(総所得額)の額を超えない部分の各更正の取消しを求める部分、すなわち、昭和五二年分の所得税の更正中の総所得額一五八六万九〇〇〇円を超える部分及び昭和五三年分の所得税の更正中の総所得額一八八六万二一九一円を超える部分の各取消しを求める訴えは、不適法として却下を免れない(なお、原告は、原告が昭和五四年一一月二四日にした昭和五二年分の所得税の再修正申告及び昭和五三年分の所得税の確定申告について提出した各申告書は、被告の職員が原告を脅迫して署名させ、原告に無断でその印を押捺したものであると主張し、弁論の全趣旨によつて真正に成立したものと認める甲第五号証中には一部これにそう記載があるけれども、右甲第五号証の記載はたやすく措信することができず、他には右主張事実を認めるに足りる証拠はないのであるから、これによつて前記の結論が左右されるものではない。)。

二  そこで、原告のその余の請求の成否について検討するに、本件においては、原告が昭和五二年に譲渡した本件明神町の土地並びに原告が昭和五三年に譲渡した本件緑町の土地及び本件幸町の土地の各譲渡所得を除くその他の課税所得及び税額が被告が昭和五四年一二月一九日付けでした原告の昭和五二年分の所得税の更正及び昭和五三年分の所得税の更正のとおりであること、右各資産の譲渡に事業用資産の買換えの特例の適用がないとした場合の原告の昭和五二年分及び昭和五三年分の課税所得及び税額が右各更正を下回らないことはいずれも当事者間に争いのないところであるから、原告の右請求の成否は、結局、原告のした右各資産の譲渡に事業用資産の買換えの特例が適用されるかどうかにかかるものということができる。

そして、租税特別措置法三七条の規定する事業用資産の買換えの特例の制度は、企業の合理化及び生産材の有効利用等を図るため特定の事業用資産を譲渡し買換資産を取得した場合において、一定の条件の下に圧縮記帳の方法によつて譲渡所得の繰延課税の特例を認めるものであつて、同法は、所定の条件に該当する事業用資産の譲渡があつた場合には当然に右特例が適用されるものとはせず、この制度を利用して譲渡所得の繰延課税を求めるかどうかを納税者の選択に委ねることとして、原則として、この特例の適用を受けようとする納税者が事業用資産の譲渡をした日の属する年分の確定申告書にこの特例の適用を受けようとする旨の記載をし、かつ、当該譲渡をした資産の譲渡価額、買換資産の取得価額又はその見積額に関する明細書その他大蔵省令で定める書類の添附をした場合に限つて、右特例の適用があることとした(同法三七条六項)ものである。そして、右の確定申告書に記載されるべき事業用資産の買換えの特例の適用を受けようとする旨の記載は、納税者による前記の選択権の行使としての意味を持つものであり、また、ひとたび納税申告がされればそれによつて課税標準、税額等が画一的に確定するに至るのであるから、納税申告の厳格な要式行為性に則つて、確定的かつ一義的にされるのでなければならないものというべきである。

他方、同法三七条七項は、右のような事業用資産の買換えの特例の適用を受けるための手続の厳格な要式行為性の結果として生じ得べき不都合を防止するために、確定申告書の提出がなかつた場合又は事業用資産の買換えの特例の適用を受けようとする旨の記載若しくは所定の必要書類の添附がない確定申告書の提出があつた場合においても、税務署長は、その提出又は記載若しくは添附がなかつたことについてやむを得ない事情があると認めるときは、当該記載をした書類及び所定の必要書類の提出があつた場合に限り、事業用資産の買換えの特例を適用することができるものとしているのである。そして、この場合における事業用資産の買換えの特例の適用を受けようとする旨の記載をした書類は、確定申告書に記載されるべき前記の記載に代わるものであるから、右書類における当該記載も、確定申告書における記載と同様に、事業用資産の買換えの特例の適用を選択する旨の確定的かつ一義的な記載でなければならないのであつて、単に提出された書類が右特例の適用を受けようとする納税者の意思を窺わせるものであるとかそのような意思を前提とするものであるというに過ぎないものでは足りないものというべきである。

また、税務署長が同法三七条七項の規定によつて事業用資産の買換えの特例を適用することができるのは、税務署長が当該資産の譲渡について事業用資産の買換えの特例の適用がないものとして決定(国税通則法二五条)又は更正(同法二四条)をするに至る前に納税者が事業用資産の買換えの特例の適用を受けようとする旨の記載をした書類及び所定の必要書類を提出した場合に限られるのであつて、税務署長が事業用資産の買換えの特例の適用がないものとして決定又は更正をした後において納税者が右の書類を提出したからといつて、それによつて右決定又は更正が遡及的に瑕疵のあるものになるわけではないし、それを決定又は更正に対する異議申立又は取消しの訴えにおいて主張することのできないのはもとより当然である(処分の取消しの訴えは、当該処分が処分時点において実体上及び手続上の要件に適合していたかどうかを審判の対象とするものであつて、処分後に生じた事由を当該処分の違法事由として主張することは一般に許されないところである。)。このことは、租税特別措置法が同法三七条七項の規定によつて事業用資産の買換えの特例の適用を受けようとする旨の記載をした書類及び所定の必要書類を提出したことを理由として納税者が更正の請求をすることができるものとするなどの規定を一切設けていないことに照らしても、また、明らかである。

三  これを本件についてみるに、原告が昭和五二年分の所得税の確定申告書及び昭和五三年分の所得税の確定申告書に本件明神町の土地、本件緑町の土地及び本件幸町の土地の譲渡につき事業用資産の買換えの特例の適用を受けようとする旨の記載をせず、右各資産の譲渡価額・買換資産の取得価額又はその見積額に関する明細書その他大蔵省令で定める書類の添附をしなかつたことは、当事者間に争いがないのであるから、右各資産の譲渡について租税特別措置法三七条六項の規定によつて事業用資産の買換えの特例の適用があることになるものと解する余地のないことは、明らかである。

原告は、本件明神町の土地の譲渡については、原告が昭和五二年分の所得税の確定申告の日の翌日の昭和五三年三月一五日に被告に対して同法三七条四項の規定に基づき買換資産の取得価額の見積額及び取得予定年月日を記載した買換え承認申請書を提出し、被告が同年五月一〇日付けでこれを承認したこと、原告がその後被告に対して買換資産を前記のとおり取得したとして買換資産の登記簿謄本、売買契約書等の書類を提出したこと、また、本件緑町の土地及び本件幸町の土地の譲渡については、原告が昭和五四年三月一五日に被告に対して同法三七条四項の規定に基づき買換資産の取得価額の見積額及び取得予定年月日を記載した買換え承認申請書を提出したこと(これらの事実自体は、いずれも当事者間に争いがない。)をもつて、被告に対して事業用資産の買換えの特例の適用を受けようとする意思を明示していたものであると主張し、これによつて同法三七条七項の規定にいう事業用資産の買換えの特例の適用を受けようとする旨の記載をした書類及びその他の所定の必要書類の提出をしたことになるとして、「やむを得ない事情」が存在したことと相俟つて、同法三七条七項の規定に基づき右各資産の譲渡につき事業用資産の買換えの特例を適用すべきことになると主張するものと解されるが、原告が提出したこれらの書類は、同法三七条七項の規定が事業用資産の買換えの特例の適用を受けようとする旨の記載をした書類とともに提出すべきものとしている書類にほかならないのであつて、これをもつて事業用資産の買換えの特例の適用を受けようとする旨の記載をした書類に代置することができるものとすれば、法が右の両方の書類を提出すべきものとしている趣旨に明らかに反するうえ、先に説示したとおり、同法三七条七項にいわゆる事業用資産の買換えの特例の適用を受けようとする旨の記載をした書類は、納税者が当該資産の譲渡について事業用資産の買換えの特例の適用を確定的かつ一義的に選択する旨の記載のある書類でなければならないのであつて、単に提出された書類が右特例の適用を受けようとする納税者の意思を窺わせるとか、それを前提とするものであるというに過ぎないものでは足りないのであるから、原告の提出した前記書類は、事業用資産の買換えの特例の適用を受けようとする旨の記載をした書類には当たらないものと言うべきである。したがつて、原告に同法三七条七項にいわゆる「やむを得ない事情」が存在したかどうかを問うまでもなく、原告の右主張は失当である。

さらに、原告が昭和五五年二月にした異議申立において本件明神町の土地、本件緑町の土地及び本件幸町の土地の譲渡につき事業用資産の買換えの特例の適用がある旨を主張していたことは当事者間に争いがないところであるけれども、被告が更正をした後のそれに対する異議申立において原告が右のような主張をしたからといつて、それが同法三七条七項にいわゆる事業用資産の買換えの特例の適用を受けようとする旨の記載をした書類を提出したことにならないことは、前項に説示したところから明らかであり、また、被告が右異議申立に対する決定において右特例の適用の有無を判断してこれを棄却したからといつて、被告が本訴において右特例の適用を受けるための手続的な瑕疵を主張することができなくなる道理はなく、この点についての原告の主張は、独自の見解に立つものとして、排斥を免れない。

以上のとおりであるから、原告がした本件明神町の土地、本件緑町の土地及び本件幸町の土地の譲渡につき事業用資産の買換えの特例の適用があるものということはできず、そうすると、被告がこれらの資産の譲渡による譲渡所得を分離長期譲渡所得として加算して昭和五四年一二月一九日付けでした原告の昭和五二年分の所得税の更正及び昭和五三年分の所得税の更正は、いずれも適法であるということができる。

四  よつて、原告の本件訴えのうち被告が昭和五四年一二月一九日付けでした原告の昭和五二年分の所得税の更正中の総所得額一五八六万九〇〇〇円を超える部分及び昭和五三年分の所得税の更正中の総所得額一八八六万二一九一円を超える部分の各取消しを求める訴えはいずれもこれを不適法として却下し、その余の請求はいずれも失当としてこれを棄却することとして、訴訟費用の負担については行政事件訴訟法七条及び民事訴訟法八九条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 村上敬一 裁判官 園尾隆司 裁判官 垣内正)

別表1 課税等状況一覧表

52年分

<省略>

53年分

<省略>

別表2 買換資産の明細

<省略>

別紙

物件目録

一 五二年分譲渡資産

1 滝川市明神町四丁目二四四番一

宅地 三四七・一〇平方メートル

2 同所 二四五番一

用水悪路 一四二平方メートル

二 五三年分譲渡資産

1 滝川市緑町五丁目七〇番五二、同番五三

宅地 二五〇・四平方メートル

2 滝川市幸町三丁目二一〇番三の内

田 一八三・六三二平方メートル

3 同所 二一〇番三の内

田 一八三・六三二平方メートル

4 同所 二一〇番三一の内

田 一七五・五七五平方メートル

5 同所 二一〇番三二の内、同番三一の内

田 一三七・七二四平方メートル

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例